大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2239号 判決

控訴人

新倉辰蔵

右訴訟代理人

大村武雄

中山秀行

馬場俊一

被控訴人

大蔵商事株式会社

右代表者

志村隆一郎

右訴訟代理人

鈴木光春

井口寛二

橘田洋一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「1 原判決を取消す。2 被控訴人の請求を棄却する。3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文一項同旨の判決を求めた。

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は別紙手形目録記載(一)、(二)の約束手形(「本件(一)、(二)の手形」という。)の所持人である。

2  控訴人は、本件(一)、(二)の手形につき被裏書人を白地として第三裏書をし、拒絶証書作成義務を免除してこれを被控訴人に譲渡した。

3  被控訴人は本件(一)の手形を昭和五三年一〇月一二日に、本件(二)の手形を同年一一月一一日に各支払のため支払場所に呈示したが、いずれもその支払を拒絶された。

4  よつて、被控訴人は控訴人に対し、本件(一)、(二)の手形金合計金四〇〇万円及びこのうち(一)の手形金二〇〇万円に対する昭和五三年一〇月一〇日から、(二)の手形金二〇〇万円に対する同年一一月一〇日から各支払済に至るまで手形法所定の年六分の割合による法定利息の支払を求める。

二  控訴人の答弁

1  被控訴人の請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。本件(一)、(二)の手形の第三裏書人欄の控訴人の署名押印は何人かによつて偽造されたものである。

3  同3の事実は認める。

三  控訴人の抗弁

1  仮に控訴人が本件(一)、(二)の手形の第三裏書をしたとしても、本件(一)、(二)の手形の満期日からすでに三年以上の年月を経過し、振出人の債務についてはすでに消滅時効が完成している。

ところで、手形法五〇条は遡求権行使の条件として手形の返還を要求しているが、右返還を求められる手形は求償可能な手形を意味するものであるから、手形振出人の債務が時効消滅した手形について裏書人に対する償還請求をすることは、手形法五〇条の趣旨に反し許されないものと解すべきである。よって、被控訴人の本訴請求は失当である。

2  仮に右主張が認められないとしても、訴外進戸秀昭は昭和五二年四月ごろ被控訴人に対し一七〇〇万円の債務を負担していたほか、他にも多くの借財があつたのであるから、本件(一)、(二)の手形に関し、被控訴人と進戸との間に金員の授受があつたかどうかは疑わしい。もし金銭の貸与が認められるとしても、被控訴人が進戸に対し、右各手形金の支払催告、請求等をする意思のないことからみると右手形債務は免除したものと認められる。従つて、控訴人が本件(一)、(二)の手形にした第三裏書が手形債務を保証した趣旨であるとしても、右のような事情の下で控訴人に対し右手形金の請求をするのは、権利の濫用にあたる。

四  控訴人の抗弁に対する被控訴人の認否及び再抗弁

1  控訴人の抗弁は争う。

2  本件(一)、(二)手形の振出人である訴外株式会社大洋観光の代表者外木晃は昭和五四年二月中旬ころ右各手形債務を承認し、更に昭和五八年三月五日右各手形債務を承認し、これによつて右各手形の振出人の手形債務の消滅時効は中断した。

3  仮に右主張が認められないとしても、控訴人の時効の抗弁は権利の濫用にあたり、許されない。

五  被控訴人の再抗弁に対する控訴人の認否

1  時効中断事由の存在は否認する。

2  権利濫用の主張は争う。

六  証拠〈省略〉

理由

一被控訴人の請求原因1及び3の事実は、当事者間に争いがない。

二甲第一、二号証(本件(一)、(二)の約束手形、その成立はさておく。)、〈証拠〉を総合すれば、訴外進戸秀昭は建築関係の企画、設計、請負等の仕事をしていたが、昭和五三年二月ごろ藤沢市辻堂に湘南エンタープライズという名称で建築設計事務所を開設したこと、控訴人は造園業のかたわら不動産業を営んでいたが、不動産業に関し情報を集めるため右事務所に出入りしていたこと、進戸は、昭和五三年四月ごろ控訴人とも相談して湘南エンタープライズの事務所を東京に出す計画を立て、その資金にあてるため、進戸が工事代金として取得していた本件(一)、(二)の手形の割引を被控訴人に依頼し、被控訴人代表者志村隆一郎はいつたん右依頼を拒絶したが、控訴人が資産家であると聞いていたので、結局控訴人が保証の趣旨で裏書することを条件に割引に応ずる旨を告げえこと、そこで、進戸は控訴人に本件(一)、(二)の手形につき保証の趣旨で裏書することを依頼し、控訴人はこれを承諾し、右各手形の第三裏書欄に裏書人として署名押印し、これを被控訴人に交付し、被控訴人はそのころ進戸に対し右各手形の割引金を交付したことを認めることができる。

原審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲その余の証拠に照らしにわかに措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。被控訴人が本件(一)、(二)の手形につき第二裏書人である進戸の債務を免除した事実は、これを認めるべき証拠がない。

三ところで、裏書人に対する遡求権が時効にかかつていない場合であつても、振出人に対する請求権が時効にかかつているときには、所持人は裏書人に対し遡求権を行使することができないものと解すべきところ、本件(一)の手形の満期は昭和五三年一〇月一〇日、本件(二)の手形の満期は同年一一月一〇日であるから、現在においては両手形とも手形法七七条、七〇条の定める振出人に対する請求権の時効期間を経過していることが明らかである。

よつて、被控訴人の本件手形振出人に対する時効中断の再抗弁について検討する。

〈証拠〉を総合すれば、被控訴人代表者志村隆一郎は昭和五四年二月ころ二、三回にわたり本件(一)、(二)の手形の振出人である株式会社大洋観光の代表者外木晃をたずねてその支払を請求したが、外木晃は右各手形につき債務を承認したものの、右会社の倒産を理由に支払えない旨回答し、その支払をしなかつたこと、右志村隆一郎は昭和五八年三月五日右外木晃を再び訪ねて本件(一)、(二)の手形につき債務の承認を求めたところ、外木晃は同日前記債務承認後手形法七〇条所定の振出人の時効期間が経過していることを知りつつ、右債務を負担していることを再確認し、債務確認書(甲第四号証)にその署名押印をしたこと、右債務確認書には株式会社大洋観光が本件(一)、(二)の手形を振出し債務を負担していることを認める旨の記載があり、公証人瀬戸正二の昭和五八年一〇月一〇日付(登簿第一四二五号)の公証印が押捺されていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件(一)、(二)の手形の振出人である株式会社大洋観光代表者外木晃は右各手形の所持人である被控訴人に対し昭和五八年三月五日すでに完成した時効の利益を放棄し現に右各手形債務を負担していることを認めたものであり、同日より再び三年の消滅時効期間の進行が開始したものというべく、控訴人が被控訴人に対し遡求義務を履行し手形法五〇条により本件(一)、(二)の手形の交付を受けた場合には、控訴人は被控訴人の権利の承継人として、昭和五八年三月五日から三年間振出人に対し再遡求する権利を有するものと解すべきである。

なお、念のため判断するに、控訴人の消滅時効の抗弁は、権利の濫用にあたり、許されないものというべきである。即ち、〈証拠〉によれば、被控訴人が控訴人に対する本件訴訟を横浜地方裁判所に提起したのは本件(一)、(二)の手形の満期から間もない昭和五三年一一月二〇日であること、しかるに、原審において控訴人は控訴人が自らした裏書についてそれが偽造である旨の抗弁を提出し、手形債務の存在を争つたため、筆蹟鑑定を含む証拠調に長期間を要し、昭和五五年八月二八日の判決言渡までに一年九か月を経過したこと、控訴人は一審で敗訴したにも拘らず同年九月八日控訴を提起し、当審においても右偽造の主張を維持し、再度筆蹟鑑定を求め、昭和五六年五月一五日これが採用されて当審第五回口頭弁論期日(昭和五六年六月二五日)に右鑑定人尋問が施行され、右鑑定結果を待つため、次回口頭弁論期日は追つて指定とされ、昭和五七年九月二二日鑑定人長野勝弘より鑑定書が提出され、弁論期日が同年一一月二五日と指定され、審理が続行されたこと、控訴人は当審第七回口頭弁論期日(昭和五八年一月一八日)に予備的抗弁として、前記のとおり、本件(一)、(二)の手形の振出人の債務が三年の消滅時効にかかつていることを理由に控訴人の右各手形債務も消滅した旨主張するに至つたこと、右各手形の振出人である株式会社大洋観光はすでに倒産し支払能力のないことが認められ、右の事実によれば、控訴人が本件(一)、(二)の手形につき自己の裏書を認め遅滞なく被控訴人に対し遡求金額を支払つておれば、容易に時効期間内に振出人に再遡求できたことが明らかであり、以上のような経過で控訴人が消滅時効の抗弁を提出するのは権利の濫用にあたり、許されないものといわなければならない。

四控訴人は予備的に被控訴人の本訴請求は権利の濫用にあたる旨主張するが、前記認定事実によれば、被控訴人の本訴請求が権利の濫用にあたるとは解されず、他に被控訴人の本訴請求が権利濫用にあたることを認めるべき資料はない。よつて、右控訴人の主張は採用することができない。

五そうすると、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(川添萬夫 新海順次 佐藤榮一)

手形目録

(一)約束手形

金額 金二〇〇万円

満期 昭和五三年一〇月一〇日

支払地 沼津市

振出地 沼津市

支払場所 株式会社静岡相互銀行本店

振出日 昭和五三年四月一日

振出人 株式会社大洋観光

受取人 佐野興産株式会社

第一裏書の裏書人 同右

同被裏書人 白地

第二裏書の裏書人 進戸秀昭

同被裏書人 白地

第三裏書の裏書人 控訴人

同被裏書人 白地

(二)約束手形

金額 二〇〇万円

満期 昭和五三年一一月一〇日

その他の記載は(一)の約束手形と同じ

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